騒音書簡1-27

2024年5月29日

おい、鈴木!

「おい、小池!」というフレーズを反響させつつ、音楽は「経験」だと言うきみに倣い、俺も自分の「経験」について語ってみる。この1ヶ月久々にカーラ・ブレイを、それも今回は初期から死ぬまでのほぼ全アルバム(たぶん)を、連続して聴いていた。順にというより、ほぼランダムに、行ったり来たりしながら。彼女は俺がなれるものならなってみたかった唯一人の音楽家かもしれない。フランク・ザッパについても同じような聴き方をすることがたまにあるのだが、どういうわけかザッパと自分を重ね合わせるようなことはない。ザッパはザッパ、いてくれてよかったと思う人。しかしカーラ・ブレイは俺にとってはいつも一種のモデルであった。音楽家ではない俺に、彼女のようでありたいと思わせる人。

ところが、俺には彼女のアルバムに、モンクやドルフィーにガツンとやられたような「経験」がない。どれか一作でも名前を挙げておまえのカーラを語れと言われると、とても困ってしまう。最初に買ったアルバムEscalator Over the Hill(1971)が、長く続く「経験」のはじまりになったことは確実である。LP盤だとはいえ、グニャリと曲がるレコードなど見たことがなかった。最初は「ジャック・ブルースとリンダ・ロンシュタットが歌うフリージャズ・オペラ??」であった。やがて様々な音楽イディオムを「フリー」に繋いで作品にするとはこういうことかと妙に納得させられた。それ以外にも愛聴盤はあるし、どのアルバムにも愛聴曲はある。それでも俺にとってカーラ・ブレイはフリージャズのイディオムさえ解体し、カーラ・ブレイ・バンドをカーラ・ブレイ・ ビッグバンドへ、さらにザ・ベリー・ビッグ・カーラ・ブレイ・バンドへと拡大させてきた人であり、LawnsやÚtviklingssangのように静かなスタンダード曲さえ作ることができる人である。トロンボーンにゴスペルを骨太く歌わせようと思いつき、無調の現代音楽をスィングするジャズにスムーズに移行させることのできる、ザ・ジャズの人。しかし同時に、ジャズとはいったい何なんだ、何をどうすればジャズになるんだ、とたえず思わせてくれる人。スイングすることだ、クラシックの演奏家にはそれができない、と彼女は言ったこともあったが、彼女の曲で踊ろうという人はいないだろう。ただ耳を傾けるほかない、いや傾けさせてしまう、何風でもない抽象性を彼女の「ジャズ」は湛えている。素材として取り入れられた種々の音階や響きの具象性を超えて。

では何がおまえのカーラ・ブレイ「経験」なのだと問われれば、死ぬまでの軌跡の全体が最初の音楽「経験」へと俺をたち戻させてくれること、と言いたくなる。そんな「最初」は実は存在せず、事後的に捏造されたものだと自分でも思うが、それでも彼女を聞くたびに感じる。ショパンとモンクの差異が、俺には音楽「経験」のはじまりであった、と。この差異はカーラ・ブレイの作品に置き換えれば、Escalator~やJazz Realities(1966──共作だが)とLive !(1982──「艶奏会」という邦題はいつの間に付けられた?? 全然「艶っぽく」ない)の関係に似ている。いずれが彼女のショパンでモンクかは問題ではない。とにかく、まったく違う音がともに音楽として俺に迫ったということが、おそらく「経験」の中身であった。事後的にそうなっていったのかもしれないが。ただこの「経験」は俺に、ポリーニとオスカー・ピーターソンはピアニストとして面白くないと思わせる何か、コルトレーンの旋律はヌメヌメしていて好きになれないという感性を作った程度には現実的であった。誰のものであっても「経験」の音楽的中身は単純だ。どこかでカーラも言っていた。フリージャズなんて、とりあえずコードをm7thと9thだけにして、メロディーの調性をピアノとトランペットで半音ずらし、かつそれぞれ「覚えられない」メロディーを演奏するという約束事だけで成立する。彼女の回想はドン・チェリーには即座にそれができたという驚きを同時に語っていたのだが、それでも彼女が事後的にそういう単純さとして自分の出発点を「見切った」ところに、俺は素直に感動する。彼女のフリージャズ以降の作品をみごとに説明しているような気がして。「見切る」ことで彼女はフリージャズを「捨てた」のではなく、フリージャズをバンドによる演奏のフレームとして「捉え直す」わけだ。回想し「見切る」時点で。「フリー」フォームに潜むジャズ性──jazz realityというやつだな──を、それ自体として拡張可能で、異種音楽をいくらでも接合できるフレームへとどう顕在化するか。だからLive !にも「フリー」の響きは残っている。彼女はいつも前に進みつつ最初に戻っている。

これは新ジャンルの開拓やスタイルの洗練とはまったく違う事態だ。むしろ極めて理知的に「以前」を分析する態度であり、才能や閃きなどという方便に逃げず、誰にでも追求可能な「方法」であると思う。教会音楽家であったという父親の手引きを除けば、ほぼ独学で作曲を身につけた彼女ならでは、というやり方であったかもしれない。サンプル曲集の分析を音楽学校で習ったのでは、彼女のような音楽家はけっして生まれなかったろう(哲学研究者が哲学者になれないのと同じこと)。彼女が分析したのは自分の「経験」だけだったのだから。彼女が独習の代償に支払ったものは、流行音楽は作れないということだけだろう。売れなくても、否定しがたく独自のものとしてある「サウンド」を全体として作った、そのことだけで素晴らしい。個々の曲ではなく、あくまで頭の中に一つの全体としてくっきり像を結ぶ「サウンド」を(そう呼んでよいか分からないのでカッコは外さない)。その全体の名前としてカーラ・ブレイという固有名詞はある。そこに入っていくことが俺の場合、音楽を「経験」することであるように思う。



市田良彦

市田 良彦(いちだ よしひこ)

思想史家(社会思想史)、作家、翻訳家、神戸大学名誉教授──著書『闘争の思考』、『アルチュセール ある連結の哲学』、『革命論 マルチチュードの政治哲学序説』(以上、平凡社)、『フーコーの〈哲学〉 真理の政治史へ』『ルイ・アルチュセール 行方不明者の哲学』(以上、岩波書店)、『ランシエール 新〈音楽の哲学〉』(新版・白水社)、著者・編者として『The Last One〈Poésies : Les Rallizes Dénudés〉裸のラリーズ詩集』(The Last One Musique)他、共著翻訳など

【Monologue】ブライアン・イーノたちの発掘盤を聴く(1998年のライブ)。これならEP-4のほうがよかったと思うぞ。アンビエントとしても「ジャズ」としても。