騒音書簡2-09

2022年11月28日

Ma vieille branche,

1)2)どうもお互いの返答はうまく噛み合っていないようだが、というかこんな風の吹きまわしになるのが佐藤薫の仕組んだ往復書簡なのだろう。それに僕の設問の立て方がまずかったのだろう。「好き」「嫌い」の話はもうどうでもいいさ。先に進めることにする。 「音楽」そのものを感覚するとき、僕はつねに「リスナー」であることを意識してしまう。聞いてしまうんだ。むしろその方がうまくいく。演奏しているときでさえも。即興ならなおさらだ。客はいないも同然だ。遠藤ミチロウの「客との非和解性を大事にしたい」というのはよくわかる。だが、あえて言うなら、そこには「バンドの政治性」と「音」そのものとの混同が見られるのではないかなあ。「バンドの政治」としてはその点でたしかに彼の姿勢は一貫していた。僕は遠藤ミチロウをストア派として讃える文章を書いたことがあるので、あまり言いたくないが、しかしザ・スターリンの「音」自体はどうなのか? 僕には非和解性には聞こえない。 パンクはほんとうに「客との非和解性」を求めていたのか。ピストルズは? PILは? ザ・スターリンは? ヴェルベット・アンダーグラウンドにはなるほど「政治性」にも「音」にも、当時としての非和解性があったと思う。それなら「音」それ自体を問題にするとして、例えばドイツ系のポスト・パンクや、スロッピング・グリッスル、サイキックTVのようなバンドは?……勿論、俺だって演者として「音楽を楽しんでいます」という感じなどない。物を書くということに関しても、いままで「読者との和解性」求めたことなどないことは君も承知しているはずだと思う。それで俺がどんな立派な境遇にいるかもw。だけど俺は門の中には入れないし、はっきり言って、その気もないんだ。いい歳をして、いつまでも門前の小僧のままだよ。 「演者」としては、もうすぐ森田潤と一緒にCDを出すから、聞いてみてくれ。でも僕自身いまやこのCDに対してもリスナーでしかないし、今となってはこの「演奏」に対してア・プリオリに一人の「リスナー」にすぎなかったとしか言いようがない。君の批評をぜひとも聞いてみたい。以前何度か爆音ノイズギターの山本精一と二人だけでやったとき、「音」に関して、「客との非和解性」どころか、我々は「嫌がらせの音楽」をやることを心がけた。まあ、そういう感じも僕にはあるんだ。

3)4)「空耳」は演者としてでもリスナーとしてでもない。完全な外部だ。文字通りの「空耳」なんだが、これも「言葉」との関わりにおいて、ある種の経験の「発生」ではないかと思ったんだ。「音」との関係においても。でも、僕の「経験」には生理的次元があるのだし、ちょっとわかりにくい話ではあるね。

中上健次についてだけど、君の手紙を読んでちょっと笑ってしまった。中上はインタビューとか対談とか講演ではいつも大風呂敷を広げて自作解説をやるが、いい加減なことをしゃべり散らすし、あのエンターテイナー振りはたいてい噴飯物だよ。僕はいつもそう思っていたし、真面目に受け取ったことはない。だから浅田彰や柄谷行人たちが中上を持ち上げていたブームの頃、僕は完全にしらけていた。作家本人の自作解説などまったく信用できない余計なものだ。だけど「小説」作品そのものとなると別なんだ。本人がいかに理路整然と自作を後から分析しようと、小説には別のものがすでに入り込んでしまっている。そのままの形では作家の意識に上らないものだけど、いわゆる無意識のことが言いたいのではない。書くというまさにその時点に到来する何かだ。その意味では中上健次は小説家なんだ。どんな作家もそれを意識するのはとても難しいし、自分で吟味できたとしてもそれは書いた後からでしかない。書いている時点でそんな芸当ができたのはプルーストやジュネしかいないと僕は思っている。

「犯人のいない探偵小説」で君はレーモン・ルーセルの名前を挙げているけど、もっとベタな意味で、夢野久作の『ドグラ・マグラ』は文字どおりそれじゃないかなあ……。僕は別のことを考えていたよ。「登場人物のいない小説」だ。実際、まったく人物が登場しない小説は技術的になかなか難しいだろうし、書いても誰も読んでくれないだろうが、ロベール・パンジェ(ヌーヴォー・ロマンの作家に分類されているけれど、他の作家たちとは決定的に違うところがある)はかなりそれに近い。つまり登場人物に人物それ自体としてほとんど意味がないんだ。ベケットの場合は、登場人物の語ることが無意味な一種の幽霊の声によるものであることによって、逆に大きな意味をもつ。それはそれで真似のできない芸当だ。ある意味では――まあ、異なる意味だけど――ボルヘスもそうかもしれないが、ちょっと違うか。

パリ・コミューン時代の若き詩人が吐き捨てるように言っていた、「そう、新しい時代はともかくきわめて厳しい」。俺たちの目の前で、すべての酒が流れた。悪酔いしたのだろうか。俺には目に浮かぶ、あの古い大通りを横切っている自分が。風は垂直に眠っていた。でもそれはいつのことだったんだ?

鈴木創士