SÔ-SI SUZUKI + JUN MORITA『LA MUSIQUE DE LA CRUAUTÉ 』

──2024年5月18日リリース!
アントナン・アルトーに囚われた二人のアーティストによる残酷の音楽

SÔ-SI SUZUKI + JUN MORITA

SÔ-SI SUZUKI + JUN MORITA『LA MUSIQUE DE LA CRUAUTÉ 』

「残酷演劇」を提唱した異端の作家アントナン・アルトーが妄想した音楽があったという。それはどのようなものであったのか。仏文学者でアルトーの主要翻訳者の一人、作家、EP-4創設者の一人でミュージシャンという鬼才・鈴木創士と、古今東西の音楽に精通し、AI・エレクトロニクス技術を自家薬籠中のものとする音楽家・森田潤の手により、著作から一世紀近くを経て、「残酷の音楽」としてついに生成され、今、立ち上がる。 鎌倉の特殊音楽バー「カフェ・アユー」の新レーベル、Les Disques d’Alleurs(ディスク・アユー)が世に放つ第一作。2023年の前作「Vita Nova」のモチーフともなったアルトーに全面的に取り組んだ本作は、「演劇とその分身」などで語られるアルトーの思想を踏まえて構築され、著作のテキスト、アルトー自身の声(音)・言葉、AI生成音などを用い、それらを歪んだノイズ、喧騒と反復、解体された甘美な古典、寂寥としたアンビエントなどで包み込んだ全10曲で構成される、比類なき異形の傑作。 当サイトPEAR GARDENでも発売。 SÔ-SI SUZUKI + JUN MORITA

騒音書簡2-25

2024年3月31日

市っちゃん、

前葉では、君はモーツァルト+森田潤の『レクイエム』をまだ聴いていないようだから、まずはその感想を待つことにしよう。

ともあれ、モーツァルトが18世紀の歌謡曲だという君の意見はおおむね認めることができる。18世紀の秋元康というのはちょい異論があるけどね。モーツァルトは秋元のような「知識人」ではなく、むしろ退屈なカクテル・ピアノをパーティで思うままに弾きまくるジャズ・ピアノ弾きと言ったほうが僕のイメージに合っている。見たわけではないし、勝手な想像だけど、モーツァルトは音楽家というよりミュージシャン的なところがあったように思う。ガキのくせに、宮廷か何かの晩餐会に時間ぎりぎりに出向いて、ワインをあおり、即興で優雅なやつその他を弾きまくり、屁をこいたりしながら、適当なところで時間を切り上げ、はい、ギャラをくれ! という感じ。晩年は仕事に恵まれず、素行品行も悪く、金に困っている。要するにモーツァルトはウィーンの音楽界からパージされてしまった。嫌われていたのだ。歌謡曲作曲家・演奏家としても下火で、晩年は客の入りも悪かった。

『魔笛』に続いて『レクイエム』を制作中にモーツァルトは突然この世を去るが、晩年といっても、35歳で死んでいるのだから、ベートーヴェンのように晩年様式としての「形式の破綻」を考えることはむつかしい。だけど『レクイエム』はそれまでのモーツァルトの作品とは明らかに異なっている。断絶すら感ぜられる。君の言うように、それまでの作品が表象可能性の才能豊かな展開だったとすれば、それまでのモーツァルトの作品群はたしかに古典主義時代の「芸術」の範疇にあったことになる。しかし『レクイエム』は、僕にとって芸術以上の何かを示している、と言いたくなる。『レクイエム』という作品は恐ろしい。僕は下手なミュージシャンとしてそのように思わざるを得ない。森田潤の『GATHERING OF 100 REQUIEMS』を聞けばそれがわかると思う。

だけど、どう言えばいいのだろう? 『レクイエム』は文字どおりの意味で「光の外」に置かれた。君の言うとおりだ。啓蒙時代ということで言えば、モーツァルトはその時代にいたのだが、サド侯爵もフランシスコ・デ・ゴヤも健在だった。サド侯爵を啓蒙時代の思想家として位置づける人もいるが、むしろ啓蒙時代の「光の外」、それが僕(森田潤も?)を誘惑する。だがその光の外でどのように作品が成立するのか。サドもゴヤも唯物論者だった。どのみち宗教は関係ない。例えば、バッハはプロテスタントだったが、ニーチェが言うように、「カトリック音楽」だったといえるところが大だ。しかし『レクイエム』の場合、そのような意味でもまったくない。

『レクイエム』において、「死」を音楽のなかに招き入れた? そいつを持ち込んだ? それはバロックの「死」なのか? うーん、どうだろう。死は形を変えるのだろうか。音楽としては、どうしてもイタリアやイギリスのバロック音楽を考えてしまう。そこにはある種の明るい「単純さ」があったが、モーツァルトの『レクイエム』はそれとも違う。たしかに精神的な意味ではカルロ・ジェズアルドなどはそのような傾向をやばい方向に発展させたと言えるだろうが、音楽形式として見れば、そこにはまだ「音楽史」的なものを見てとることができるし、考えることができる。だからジェズアルドにおける無調性へと近づくものを「ノイズ」の可能性として受け取ることはできそうにない。つまりミュージシャンとしてジェジュアルドの音楽を「いじる」気にはなれない、と言っておけばいいのか。うまく言えないが、『レクイエム』には、そのような意味で、音楽の外、「言えないこと」の少なくとも萌芽がある。それが存在し始めるのだ。

『レクイエム』は、洗練の極致として、マイルスの『ビッチェズ・ブリュー』を想起させると君は前葉で言ったが、そこのところは僕にはよくわからない。『ビッチェズ・ブリュー』のような不意打ちと、それに反する(ともなう?)リラクゼーション(リズム的?)は、『レクイエム』には感じることができない。『レクイエム』にはもっと「暗い」何かがある。人をリラックスさせない何かがある。鎮魂させないんだ。言えないこと、それ自体が何かを言おうとして、存在し始め、極端に幅をきかす。言語的にも、余計な何かだ。つまるところモーツァルトは、僕にとって「野蛮な」音楽家なんだ。モーツァルトを嫌いになれないわけさ。

鈴木創士

鈴木創士

鈴木 創士(すずき そうし)

作家、フランス文学者、評論家、翻訳家、ミュージシャン──著書『アントナン・アルトーの帰還』(河出書房新社)、『中島らも烈伝』(河出書房新社)、『離人小説集』(幻戱書房)、『うつせみ』(作品社)、『文楽徘徊』(現代思潮新社)、『連合赤軍』(編・月曜社)、『芸術破綻論』(月曜社)他、翻訳監修など

【Monologue】森田潤との第二弾『残酷の音楽』完成に近づいております。

騒音書簡1-25

2024年3月30日

森田くん、ついでに創士くんにも、、

ブハハ、思わず吹いてしまったよ。送られてきた森田版『レクイエム』のジャケ写を見たときには。前回書いてしまったことの残響-残像なのか、『昭和歌謡大全』? はたまた『カラヤン全集』? と思ってしまった。いや、ごめんなさい、お礼が遅れました。わざわざどうもありがとう。そして失敬、僕の中ではカラヤンはその過剰な「こぶし回し」によって、何を聞こうがどうしても演歌を思い起こしてしまうのです。実際、戦後日本ではある時期までその二つは、それぞれの消費者は異なれども一つの同じ文化圏域を形成していたのではなかろうか。あまり音質のよくない家庭用オーディオの向こうから響いてくる「情念」の声。しかしもちろん、中身を聞くにおよび、アルバムに込められた森田くんの戦略のようなものが、そんなジャケ写との落差にあることもよく分かりました。

『レクイエム』の100の演奏をただ重ねる。そもそもモーツァルトは同曲を自分の手で完成させずに死んでしまったので、同曲には弟子たちの加筆によりそれぞれかなり異なる複数の版が存在している。森田くんが版の異同をどう処理したのかは僕には分からないけれど(たぶんほとんどジュマイヤー版かとは思う)、とにかく100種類の演奏をただ重ねる。するとどうなるか? プルーストが同じ曲の違う演奏について言った「同じだが、違う」とは文字通り正反対のことを、少なくとも僕の耳には告げる。「それぞれ違う演奏だが、同じだ」。この転倒の意味は実に大きいと思うぞ、創士くん。プルーストの言う「同じ」は、聴者の耳と頭の中で生産される、言わば現実には鳴っていない「同一曲」であったろう。彼は実際、架空の作曲家が途中まで書いて死に、その架空の弟子が完成させた架空の7重奏曲に、彼の小説の「果て」にある「美」を体現させた(プルーストは『レクイエム』のことを考えていたのか?)。要するにこの「同じ」としての「美」は、そのものとしては「ない」──聞こえないし見えないし読めない──ところに眼目があったわけだ。彼の音楽センスがどんなものであったかは知らないが、僕にはそこのところがずっと実に気に入らない点であり続けている。ほんとうの『レクイエム』は存在しない、それは我々の頭の中だけにある、とでも言いたげなところが。これでは「音楽は宗教だ」と言ったワーグナーと変わりないではないか。すなわち、不在の神の代わりを音楽が果たす、あるいは実在する音楽は「不在」を聞こえるようにする。小説はそんな「音楽」のようであるべし。僕にはこんな音楽観や「美学」が「アート」全般を堕落させてきたように思えてならない。したがって、ニーチェがワーグナーと訣別したことは実にめでたいとも思う。神は美とともに死なせておけよ、と。美を最後の砦のようにしてはなるまい。

それに対し森田版『レクイエム』は言ってみれば、「ない」はずの──「ない」ことでこの上なく「ありがたい」存在になる──「同じ」を今ここで聞かせてしまう。ほんとうの『レクイエム』はあるではないかと思わせてくれる。一つだけ例を挙げれば、森田版の特徴でもあるアルバム最後の「曲」が典型的にそうだ。原曲の「主、イエスよ Domine Jesu」以下の数曲をすべて繋いで一つにしている。違う演奏どころか違う曲までも30分の一曲にして「主、イエスよ」と歌わせる。「主、イエス・キリスト、栄光の王よ/すべての死者の魂を救いたまえ/地獄の苦しみと深淵から救いたまえ」。この詞にして祈りはどのような音に乗せるかで誰がどのような心持ちで歌っているかがまったく異なり、それゆえ作曲家と曲の宗教性をめぐる論争の的にもなってきたようだが、森田版ではそんな差異をすべて──意図的に? 結果的に? とにかく曲が持続するうちに──消してしまっている。「曲」なるものが本来持ちうるはずのメリハリ、ドラマ性もいっさいなく、いったい何人が「栄光の王」に救いを求めているのか(それぞれの音源には100人近くの合唱団がいるはずだから1万人か??)、そればかりを聴く者に問わせはじめる。ひたすら「多」である声が「一」なる祈りを捧げている。生きた声の重なりが生きた声の持つ「個性」を次第に消去していき、地獄とはかような場所であったかと悟らせる。裏を返せば、これは森田潤による『レクイエム』の解釈にもなっているのである。すなわち、「主、イエスよ」と歌うことができるのは、すでに地獄に落ちた死者たちのみ。彼らの絶望がこの歌だ。いや、絶望とも言うまい。いっさいの「情念」がドラマ性とともに消えているのだから。これがきみのノイズ感か。

似たような聴取経験としては、僕には真っ先にラリーズの The Last One が思い浮かぶ。聴く者にとっては要するに拷問よ。マゾヒストにならなければ最後まで聞けない。モーツァルトが生涯の終わりにこんな曲を「作った」ことは実に興味深い。創士くんが言うのとはかなり異なる意味においてだろうが(何しろ森田版 Domine Jesu をモーツァルトは「作って」などいないし)。前言を翻すようだけど、彼のオペラは器楽曲とは異なりわりと好きでね。それは19世紀のオペラとは違って台本ありきのお芝居だということから来るのだが、純粋な音楽としては聞けないから。見ていない芝居を「見せる」から。その芝居の一つに相当するのが森田版『レクイエム』であった次第。まあこれは前葉で書いたことの繰り返しかもしれない。すなわち、舞台に乗せられないもの、なかったものを「聞く」という形で「見る」。

市田良彦

市田 良彦(いちだ よしひこ)

思想史家(社会思想史)、作家、翻訳家、神戸大学名誉教授──著書『闘争の思考』、『アルチュセール ある連結の哲学』、『革命論 マルチチュードの政治哲学序説』(以上、平凡社)、『フーコーの〈哲学〉 真理の政治史へ』『ルイ・アルチュセール 行方不明者の哲学』(以上、岩波書店)、『ランシエール 新〈音楽の哲学〉』(新版・白水社)、著者・編者として『The Last One〈Poésies : Les Rallizes Dénudés〉裸のラリーズ詩集』(The Last One Musique)他、共著翻訳など

【Monologue】お二人の共作『残酷の音楽』のライナーノーツを、この手紙の続きとして書かせてもらいます。今度はお二人の作品が手紙で、僕は音楽に文章でお返事します。ここはまたここで。